こんにちは! 【洗いの殿堂】おかきた'まりです。
滋賀県のmich2さんから、琵琶湖地域に残る桶風呂の
研究家:老文子さんのことを教えていただきました。
そして、老さんからは、研究をまとめた展示&イベント
「おけ風呂~環境にやさしいくらしの知恵~」を
滋賀県:能登川博物館で開催するとお知らせが!
入浴体験、風呂焚き・桶職のタガしめ実演をレポート
桶風呂ミニ知識をおとどけします♪
桶風呂とは、明治から昭和にかけて滋賀県の
湖北から湖東で発達した『蒸気熱湯浴』のお風呂です。
竈(かまど)の上に鉄製の平釜をおき、その上に
底のない木桶をすえてフタをし、少しの湯を沸かして
桶のなかを蒸気で温めて入ります。
Attension!
滋賀県では、琵琶湖を中心にして、そのまわりの
地域を湖東・湖西・湖南・湖北と呼び分けます。
このページでは、その呼び名をつかいます。












展示室には、デーンとならぶ数々の桶風呂・・・
なんと、桶風呂には、地域ごとに違う形がありました。
【洗いの殿堂】投稿で東北地方の方からいただいた鉄砲風呂は
形も呼び方も「テッポウブロ」と同じです。
このタイプは全国的に使われていたのでしょうか・・・






桶風呂は、五右衛門風呂とも呼ばれて
湖東地域でもっとも使われていました。
湖北・湖東の50歳以上の人には、子ども時代に
桶風呂の思い出をもつ人がたくさんいます。
桶風呂は、江戸時代末ごろから表れ、
高度経済成長期の始まりとともに姿を消します。
ただし、その時期は、町では大正から昭和初期に
農村では第二次世界大戦後からと違いがあります。
【洗いの殿堂】投稿でいただく五右衛門風呂の思い出も
同じころに新しいお風呂になったというのがほとんど。
まだまだ桶風呂のように地域特有のお風呂が、
あるのではないでしょうか。
Attension!
図表はクリックして拡大画像でご覧いただけます【^^】
琵琶湖のまわりという狭い地域で
なぜ、違った形の桶風呂が発達したのでしょうか?
桶風呂をつくるとき、当時の家では
竈(かまど)は自作するか左官屋に注文する
桶は桶屋に、平釜は鋳物屋に注文する。または
平釜もふくめた「桶風呂」を桶屋に注文していました。
平釜は、鋳物製品製造業のカタログや問屋の控えから、
規格品が製造されて、広範囲で流通していたようすが判ります。
Attension!
図表はクリックして拡大画像でご覧いただけます【^^】
桶屋は、注文を受けた家にあわせたサイズで、
それぞれの伝統的な形の風呂専用桶をつくりました。
その価格は、ヒノキ・マキなど使われる材により変わります。
桶屋は、所在する地域に密着して営業し、
さらに、桶職人の技術伝承は同じ形を踏襲していました。
桶風呂の地域性には、その形別の分布と
桶屋の営業範囲が重なることから
桶屋の存在があるのでは...と老さんは考察しています。
お風呂は、今のユニットバスでも、
住宅1軒づつにあわせて人手をかけて施工します。
在来工法なら、大工・水道屋・左官屋・タイル屋など大勢です。
今も昔も、職人が造るところは同じですね。
能登川博物館では「桶職のタガしめ実演」がありました。








桶風呂は、湯をためてつかるお風呂に比べると、
水量が圧倒的に少なく、燃料も少なくてすみます。
能登川博物館では、桶風呂に水をはり
当時の燃料をつかう「風呂焚き実演」がありました。
ボタン1つで給湯する、タップリの湯に慣れた目には、
まるで別世界にきたよう...









農家では、桶風呂の残り湯で
小便をうすめて肥料にしました。
残り湯と小便を混ぜて溜めておくために
小便所と桶風呂を隣接させる工夫がみえます。
水と燃料を節約するために、近所の3軒から6軒が
順番に桶風呂を沸かし、沸かさない家の人が入りにゆくという
「もらい風呂」の習慣もありました。
「もらい風呂」は、農家にとり、
肥料の量を調節して労力を減らす目的もあったと、
博物館でであった方から伺いました。
農村では、少量の湯ですむ労力と燃料の節減、
肥料の確保と水路の汚染防止という、
環境に配慮した循環型の環境をつくっていたと、
老さんは指摘しています。
桶風呂が使われなくなる時期には、
町と農村では20年以上の差がありました。
農家では桶風呂が肥料生産設備を兼ねていたからだろうと
老さんは、考察しています。
Attension!
図表はクリックして拡大画像でご覧いただけます【^^】
わたしは、桶風呂も五右衛門風呂タイプも初体験。
もちろん、蒸気熱湯浴もはじめてです。
一番おどろいたのは、早く温まること!
カラダを洗い清潔にするためよりも
カラダを温めて、汗を出し、疲れをとり
元気になるためのお風呂だと感じました。
それから...カプセルみたいで不思議な空間...
たま~に入るのはいいけど、毎日だとキツイかなぁ。







世界のさまざまな入浴スタイルを取り入れて、
独自の熱湯につかる熱湯浴を育てた日本。
そのルーツは、4つあるといわれます。
なかでも、今の熱湯浴につながる流れが2つあり、
1つめは、朝鮮から伝わった汗蒸をルーツに
瀬戸内海地方に石風呂として残る熱気浴。
もう1つは、仏教伝来と共に中国から伝わった
建仁時の浴堂などに残る蒸気浴。
桶風呂は、蒸気浴から熱湯浴への進化のプロセスで生まれた、
蒸気熱湯浴のお風呂です。
垢を落とすために肌を温めたい、でも水も燃料も節約したい。
桶風呂には、そんな清潔願望と合理性だけじゃなく、
カラダを芯から温めて健康促進したい・・・そんな願望を感じました。
豊かに湧き出る熱い温泉に恵まれた日本。
昔の人たちは、近くにあった温泉を通して
熱湯浴が健康によいことを、経験していたからではないでしょうか。
桶風呂は、もったいないとおたがいさま
日本型熱湯浴への歴史・プロセスを体感させてくれました!
湖東地域にある能登川博物館は、桶風呂を湖東の
大きな個性ととらえて、これからも、老文子さんの
研究を応援していくとのこと。
入浴体験につかった桶風呂は、バラバラに壊れたり
水漏れがしないようにと、1週間前から水をはり
準備をしたと学芸員さんから伺いました。
メルマガでお誘いして、いっしょに参加してくださった
tsuruさんには、いっぱい写真を撮っていただきました。
2人とも「この博物館、目が離せませんね~」。【^^y】


このページに掲載の図やデータは、老文子さんの論文と
能登川博物館の企画展図録からお借りしています。
論文:FORAM DOUGUOLOGY・道具学論集 第11号
『桶風呂の形態と使用域~滋賀県を中心にした事例研究~』
博物館図録:『おけ風呂~環境にやさしいくらしの知恵~』
また、入浴法については、国立民族学博物館教授
故:吉田集而氏の著作を参照しています。
『風呂とエクスタシー 入浴の文化人類学』
もしあなたが、桶風呂について情報をおもちでしたら
滋賀県立琵琶湖博物館学芸員:老文子さん
または、生活者投稿へおよせくださいね♪
and
お風呂の歴史に興味シンシンでしたら
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老文子さん:滋賀県立琵琶湖博物館学芸員
滋賀県東近江市 能登川博物館
NPO法人 五環生活
滋賀県立大学人間文化学部 濱崎研究室
tsuruさんファミリー
取材にご協力いただき、ありがとうございます。
取材ご協力サイトへのリンクはリンク集へ→
水道屋さん
男 (07年10月24日掲載)
実に「衝撃的!」でした。(笑)
前に桶風呂レポの同行を募集しているのを見て、
ちょっと行きたかったのですが、
あいにく仕事の日だったので、参加できませんでした。
いつも最新(?)の商品を扱っている立場として、
昔のものを知るのもいい機会だなと思ったので。
でもわたしが想像していたものとはまったく違い、
ほんとにビックリのひとことです。
桶というと、タライ風呂を想像していたんですよ。(笑)
いくらなんでもタライはねぇ...
考えてみたら、タライ風呂ならタライ風呂って
ちゃんと言いますよね。おまけに一般的過ぎる...(汗)
狭くて入りにくそうにしていた出入り口も、
実は昔の人は体が小さくてピッタリだったとか?
最近の人は手足が長くなってきているし、
全体的に体格が大きいですもんね。
昔サイズと思ってみたら、そう狭くないもの
なのかもしれないなぁなんて思いながら写真見てました。
でもこういう工夫があって、だんだんと改良され、
今のようなお風呂が出来上がっていくんですよね。
やっぱりすごいです。
ある種、北欧のサウナの小型版?
なんて気がしなくもないですが。
いずれにせよ、生活の知恵、なんですよね。
いやぁ、昔の人ってなにかにつけてすごいです。
蛇口をひねればお湯が出てくる生活が当たり前になっているので、
わたしとしては田舎の五右衛門風呂を見たときも衝撃的でした。
結婚して嫁さんの実家(倉敷)へ行ったときに、
「まだ五右衛門風呂なんだよ。珍しいでしょ?」
なんて言われました。か、釜風呂だ...
テレビとか漫画でしか見たことなかったので、
そりゃもう驚きの体験でした。
今でもまだそのお風呂、使っているようです。
パイピンポンさん
女 (07年10月24日掲載)
「ロハスな桶風呂」で思い出しました!
私の家も昔は桶風呂でした。
たしか小学生の頃、まだ入っていたと思います。
しかも近所の親戚の家には、竹のフタがありました!
「げすいた」(漢字で書くとどうなるのかな?)を
足で押しながら入ってました。
下から熱湯が沸いてくるので、
足元から温まるお風呂でした。
なつかしい~
その当時は、タイル張りのお風呂に憧れましたが、
今思うと、桶風呂の良さをしみじみ感じます。
お湯がぬるくなると、
「焚いて~」と大声で母を呼ぶのです。
そして熱くなってきたら「もうえ~で~」と・・・
今は亡き母を思い出し、胸が熱くなります。
こんななんでもない毎日が
家族の温かみであったのでしょうね。
そうそう、時々「スス」が上から落ちてきましたよ。
ちなみに私の実家は、とても古く
まだ「おくどさん」が残っています。
(今は使っていませんが・・・)
●追加コメント
1960年代、地域は「湖南」です。
そして桶風呂のタイプはといいますと、
記憶が定かではありませんが、ただの筒状の丸い形でした。
コーヒー樽を大きくしたような・・・
底は鉄板だったような?
入るときは淵に腰掛けて、両足を「げすいた」と
呼ばれる板にかけて徐々に押していきます。
底までいったら、ようやくおしりを上げて
湯船につかるんです。
うちのは、蒸気風呂ではなくて、
お湯をはって入るものでしたので
「桶風呂」というのかどうか解りません?
でも、ちゃんとした木のお風呂で、
桶のような形をしていました。
五右衛門風呂とも呼んでました。
minaさん
女 (07年10月24日掲載)
面白~い。普通の五右衛門風呂は昔、
田舎のばあちゃんのところで入ったので、知ってましたが。
(あれはあれで、なかの板がグラグラしてちょっとスリリングだった)
でも、桶風呂は中に非常ベルが欲しいような。
倒れたら誰かに引っ張り出してもらわんと。
元お風呂屋さん
男 (07年10月24日掲載)
「桶風呂」を見ていて、昔の人はここまで苦労してでも
風呂に入りたかったのか・・・と、考えてしまいました。
画像を見ていると、殆ど罪人への拷問のように思えるのですが(苦笑)。
普通に、タライで行水の方が余程気持ち良いのではないかと
不思議な感じです。
まあ、確かに節約する方法といえばそうかも知れませんが・・・(汗)。
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