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滋賀の桶風呂、あっちぃー体験!

こんにちは! お風呂アドバイザーおかきた'まりです。

滋賀県のmich2さんから、琵琶湖地域に伝わる桶風呂のことを教えていただきました。
能登川博物館では、「おけ風呂~環境にやさしいくらしの知恵~」展も開催とか!
さっそく訪れて、桶風呂を作る桶職や風呂焚きの実演、入浴体験をレポートしました♪

滋賀の桶風呂とは?

桶風呂とは、明治から昭和にかけて滋賀県の
湖北から湖東で発達した『蒸気熱湯浴』のお風呂です。

竈(かまど)の上に鉄製の平釜をおき、その上に
底のない木桶をすえてフタをし、少しの湯を沸かして
桶のなかを蒸気で温めて入ります。

Attension!
滋賀県では、琵琶湖を中心にして、そのまわりの
地域を湖東・湖西・湖南・湖北と呼び分けます。
このページでは、その呼び名をつかいます。

 

  • 桶風呂全体
    約60年前につくられた桶風呂は
    竈+平釜+桶でできている
  • 桶風呂の扉を開けたところ
    じっさいに使われた桶風呂の扉は木製で
    中は暗い

  • 桶風呂上部
    桶風呂の天井部分
  • 桶風呂底
    底をみると平釜の上のウキイタと呼ばれる板が
    湯に浮かんでいた

  • 桶風呂底の下の平釜
    ウキイタをはずすと剥き出しの平釜がみえる
  • 桶風呂排水口
    桶に穴を開けて
    木栓を挿しこむだけの
    シンプルな排水口

  • 桶風呂のカンテラ
    桶風呂には照明がなく
    カンテラを使った
  • 竹製のタオル掛けと火吹き
    竹製のタオル掛けと
    風呂焚きに使う火吹き
  • 風呂焚きに使う風呂火ばし
    風呂焚きに使う風呂火ばし

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地域ごとに違う形がある

展示室には、デーンとならぶ数々の桶風呂・・・
なんと、桶風呂には、地域ごとに違う形がありました。

【洗いの殿堂】投稿で東北地方の方からいただいた鉄砲風呂
形も呼び方も「テッポウブロ」と同じです。
このタイプは全国的に使われていたのでしょうか・・・

 

  • 湖北の桶風呂
    側面と上から出入りする湖北の
    桶風呂、上をしめたタイプもある
  • 湖東の桶風呂
    入浴体験に使われたビア樽型で
    側面から出入りする湖東の桶風呂
  • 湖東の桶風呂
    こちらも湖東で使われた桶風呂で
    竹で編む笠をかぶせるタイプ

  • 簡易型桶風呂
    竹製の笠を滑車で動かし夏は笠を
    かぶせずに使える簡易型桶風呂
  • テッポウブロ
    筒に炭を入れて湯を沸かすテッポウブロは
    湖東富裕層の客用

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五右衛門風呂とも呼ぶ

桶風呂は、五右衛門風呂とも呼ばれて
湖東地域でもっとも使われていました。
湖北・湖東の50歳以上の人には、子ども時代に
桶風呂の思い出をもつ人がたくさんいます。

桶風呂は、江戸時代末ごろから表れ、
高度経済成長期の始まりとともに姿を消します。
ただし、その時期は、町では大正から昭和初期に
農村では第二次世界大戦後からと違いがあります。

【洗いの殿堂】投稿でいただく五右衛門風呂の思い出も
同じころに新しいお風呂になったというのがほとんど。
まだまだ桶風呂のように地域特有のお風呂が、
あるのではないでしょうか。

Attension!
図表はクリックして拡大画像でご覧いただけます【^^】

 

  • 桶風呂の呼び方
    湖東・湖北での桶風呂の呼び方
  • 桶風呂の形態別使用状況
    大正期から昭和50年代までの桶風呂の形態別使用状況
  • お風呂の変化
    湖東・湖北のお風呂の変化

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地域の桶屋

琵琶湖のまわりという狭い地域で
なぜ、違った形の桶風呂が発達したのでしょうか?

桶風呂をつくるとき、当時の家では
竈(かまど)は自作するか左官屋に注文する
桶は桶屋に、平釜は鋳物屋に注文する。または
平釜もふくめた「桶風呂」を桶屋に注文していました。

平釜は、鋳物製品製造業のカタログや問屋の控えから、
規格品が製造されて、広範囲で流通していたようすが判ります。

Attension!
図表はクリックして拡大画像でご覧いただけます【^^】

 

  • 平釜
    これが平釜 桶との隙間は
    漆喰で固めたり米ぬか・布などを詰めた
  • 平釜の断面と平面図
    平釜の平面と側面

  • 服部鋳物製造業の製品カタログ表紙
    平釜の製造元:服部鋳物製造業の
    製品カタログ表紙
  • 服部鋳物製造業の製品カタログの平釜の記載
    カタログ内の平釜紹介
  • 鋳物問屋ます六商店の平釜の別注品明細控簿
    鋳物問屋ます六商店の平釜の
    別注品明細控簿

 

桶屋は、注文を受けた家にあわせたサイズで、
それぞれの伝統的な形の風呂専用桶をつくりました。
その価格は、ヒノキ・マキなど使われる材により変わります。

桶屋は、所在する地域に密着して営業し、
さらに、桶職人の技術伝承は同じ形を踏襲していました。

桶風呂の地域性には、その形別の分布と桶屋の営業範囲が重なることから
その背景に桶屋の存在があったのではないかと推測されています。

お風呂は、今のユニットバスでも、
住宅1軒づつにあわせて人手をかけて施工します。
在来工法なら、大工・水道屋・左官屋・タイル屋など大勢です。
今も昔も、職人が造るところは同じですね。

この日、能登川博物館では「桶職のタガしめ実演」がありました。

 

  • 桶職のタガしめ実演
    東近江市在住:1926年生まれの
    桶職の方による実演
  • 桶職のタガしめ実演
    タガしめに使う道具、
    サイヅチ・ヤ・タテヤ・丸ガンナ

  • 桶職のタガしめ実演
    材料は竹林から1本まるごとを
    切り出す長さ約11mの竹
  • 桶職のタガしめ実演
    素朴な道具を使うだけで、
    滑らないよう素手で編みあげる

  • 桶職人のタガしめ実演
    9月に伐採する竹は
    虫がつかず最良品だ
  • 桶職人のタガしめ実演
    美しい編み目をつくる桶職は
    桶ならなんでもつくった
  • 桶職人のタガしめ実演
    タガをしめる最終場面では
    汗びっしょり

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水と燃料の節約

桶風呂は、湯をためてつかるお風呂に比べると、
水量が圧倒的に少なく、燃料も少なくてすみます。

能登川博物館では、桶風呂に水をはり
当時の燃料をつかう「風呂焚き実演」もありました。

ボタン1つで給湯する、タップリの湯に慣れた目には、
まるで別世界にきたよう...

 

  • 桶風呂の水の使用量
    バケツをつかって表現した
    桶風呂の水の使用量
  • ユニットバスの水の使用量
    ユニットバスでは水の使用量が
    すごく増えるのがわかる
  • 桶職人のタガしめ実演
    燃料は柴・稲ワラ・麦ワラ・
    流木・ヨシなど身近なもの

  • 風呂焚き名人
    風呂焚き実演では名人が登場!
  • まるめた麦ワラ
    麦ワラはまるめて
    竈の奥まで放りこめるようにする

  • 桶職のタガしめ実演
    あっという間に火が熾る
    名人の風呂焚き
  • 桶職のタガしめ実演
    モミガラも立派な燃料として利用
    薪は貴重品だった

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残り湯は肥料に

農家では、桶風呂の残り湯で
小便をうすめて肥料にしました。
残り湯と小便を混ぜて溜めておくために
小便所と桶風呂を隣接させる工夫がみえます。

水と燃料を節約するために、近所の3軒から6軒が
順番に桶風呂を沸かし、沸かさない家の人が入りにゆくという
「もらい風呂」の習慣もありました。

「もらい風呂」は、農家にとり、
肥料の量を調節して労力を減らす目的もあったと、
博物館でで出会った方から伺いました。

農村では、少量の湯ですむ労力と燃料の節減、
肥料の確保と水路の汚染防止という、
環境に配慮した循環型の環境をつくっていたと考えられます。

桶風呂が使われなくなる時期には、
町と農村では20年以上の差がありました。
農家では桶風呂が肥料生産設備を兼ねていたからではないでしょうか。

Attension!
図表はクリックして拡大画像でご覧いただけます【^^】

 

  • 鹿島家平面図
    小便所の隣に桶風呂がある
    彦根市鹿島家の平面図
  • 鹿島家の桶風呂立面図
    鹿島家の桶風呂の前にはスノコ状の台を倒してつかう足場がある
  • 鹿島家の桶風呂断面図
    断面図からは足場の下に残り湯を集め壁をはさみ隣接する小便所の便層に流す工夫がわかる

 

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これが蒸気熱湯浴!

わたしは、桶風呂も五右衛門風呂タイプも初体験。
もちろん、蒸気熱湯浴もはじめてです。

一番おどろいたのは、早く温まること!
カラダを洗い清潔にするためよりも
カラダを温めて、汗を出し、疲れをとり
元気になるためのお風呂だと感じました。

それから...カプセルみたいで不思議な空間...
たま~に入るのはいいけど、毎日だとキツイかなぁ。

 

  • 桶風呂入浴体験
    桶風呂は入口が小さい、
    小柄なわたしでも入りにくい
  • 桶風呂入浴体験
    アタマをぶつけながらやっと入る
  • 桶風呂入浴体験
    ウキイタがぐらぐらして座れない
    当たり前だけど狭い

  • 桶風呂入浴体験
    女性は正座で入ったとか
    うーん底がやたら熱くて正座は...
  • 桶風呂入浴体験
    木の扉だと真っ暗なはず
    でも木の香りがしたかもしれない
  • 桶風呂入浴体験
    5分位でカラダが温まってビックリ
    出るのも難しい

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熱湯浴へのプロセス

世界のさまざまな入浴スタイルを取り入れて、
独自の熱湯につかる熱湯浴を育てた日本。
そのルーツは、4つあるといわれます。

なかでも、今の熱湯浴につながる流れが2つあり、
1つめは、朝鮮から伝わった汗蒸をルーツに
瀬戸内海地方に石風呂として残る熱気浴。

もう1つは、仏教伝来と共に中国から伝わった
建仁時の浴堂などに残る蒸気浴。

桶風呂は、蒸気浴から熱湯浴への進化のプロセスで生まれた、
蒸気熱湯浴のお風呂です。


垢を落とすために肌を温めたい、でも水も燃料も節約したい。
桶風呂には、そんな清潔願望と合理性だけじゃなく、
カラダを芯から温めて健康促進したい・・・そんな願望を感じました。

豊かに湧き出る熱い温泉に恵まれた日本。
昔の人たちは、近くにあった温泉を通して
熱湯浴が健康によいことを、経験していたからではないでしょうか。

桶風呂は、もったいないおたがいさま
日本型熱湯浴への歴史・プロセスを体感させてくれました!

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能登川博物館

滋賀県の東近江市、湖東地域にある能登川博物館は、
桶風呂を湖東の大きな個性ととらえているとのこと。

入浴体験につかった桶風呂は、バラバラに壊れたり
水漏れがしないようにと、1週間前から水をはり
準備をしたと学芸員さんから伺いました。

  • 能登川博物館の庭
    能登川博物館の庭には
    小川が流れている
  • 滋賀県東近江市:能登川博物館
    図書館と併設で学芸員の部屋がのぞける
    ユニークな能登川博物館

 

このページに掲載の写真は、博物館の企画展
『おけ風呂~環境にやさしいくらしの知恵~』の展示品をわたしが撮影しました。
また図やデータは、企画展図録から拝借しています。

入浴法の歴史については、国立民族学博物館教授
故:吉田集而氏の著作を参照しています。
『風呂とエクスタシー 入浴の文化人類学』

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special thanks

滋賀県東近江市 能登川博物館
NPO法人 五環生活
tsuruさんファミリー...写真撮影をサポートしていただきました♪

取材にご協力いただき、ありがとうございます。

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【洗いの殿堂】仲間の投稿から...

水道屋さん 男 (07年10月24日掲載)

実に「衝撃的!」でした。(笑)
前に桶風呂レポの同行を募集しているのを見て、
ちょっと行きたかったのですが、
あいにく仕事の日だったので、参加できませんでした。
いつも最新(?)の商品を扱っている立場として、
昔のものを知るのもいい機会だなと思ったので。

でもわたしが想像していたものとはまったく違い、
ほんとにビックリのひとことです。
桶というと、タライ風呂を想像していたんですよ。(笑)
いくらなんでもタライはねぇ...
考えてみたら、タライ風呂ならタライ風呂って
ちゃんと言いますよね。おまけに一般的過ぎる...(汗)

狭くて入りにくそうにしていた出入り口も、
実は昔の人は体が小さくてピッタリだったとか?
最近の人は手足が長くなってきているし、
全体的に体格が大きいですもんね。
昔サイズと思ってみたら、そう狭くないもの
なのかもしれないなぁなんて思いながら写真見てました。

でもこういう工夫があって、だんだんと改良され、
今のようなお風呂が出来上がっていくんですよね。
やっぱりすごいです。

ある種、北欧のサウナの小型版?
なんて気がしなくもないですが。
いずれにせよ、生活の知恵、なんですよね。
いやぁ、昔の人ってなにかにつけてすごいです。

蛇口をひねればお湯が出てくる生活が当たり前になっているので、
わたしとしては田舎の五右衛門風呂を見たときも衝撃的でした。
結婚して嫁さんの実家(倉敷)へ行ったときに、
「まだ五右衛門風呂なんだよ。珍しいでしょ?」
なんて言われました。か、釜風呂だ...
テレビとか漫画でしか見たことなかったので、
そりゃもう驚きの体験でした。
今でもまだそのお風呂、使っているようです。


パイピンポンさん 女 (07年10月24日掲載)

「ロハスな桶風呂」で思い出しました!
私の家も昔は桶風呂でした。
たしか小学生の頃、まだ入っていたと思います。
しかも近所の親戚の家には、竹のフタがありました!

「げすいた」(漢字で書くとどうなるのかな?)を
足で押しながら入ってました。
下から熱湯が沸いてくるので、
足元から温まるお風呂でした。
なつかしい~
その当時は、タイル張りのお風呂に憧れましたが、
今思うと、桶風呂の良さをしみじみ感じます。

お湯がぬるくなると、
「焚いて~」と大声で母を呼ぶのです。
そして熱くなってきたら「もうえ~で~」と・・・
今は亡き母を思い出し、胸が熱くなります。
こんななんでもない毎日が
家族の温かみであったのでしょうね。
そうそう、時々「スス」が上から落ちてきましたよ。

ちなみに私の実家は、とても古く
まだ「おくどさん」が残っています。
(今は使っていませんが・・・)

●追加コメント
1960年代、地域は「湖南」です。
そして桶風呂のタイプはといいますと、
記憶が定かではありませんが、ただの筒状の丸い形でした。
コーヒー樽を大きくしたような・・・
底は鉄板だったような?

入るときは淵に腰掛けて、両足を「げすいた」と
呼ばれる板にかけて徐々に押していきます。
底までいったら、ようやくおしりを上げて
湯船につかるんです。

うちのは、蒸気風呂ではなくて、
お湯をはって入るものでしたので
「桶風呂」というのかどうか解りません?

でも、ちゃんとした木のお風呂で、
桶のような形をしていました。
五右衛門風呂とも呼んでました。


minaさん 女 (07年10月24日掲載)

面白~い。普通の五右衛門風呂は昔、
田舎のばあちゃんのところで入ったので、知ってましたが。
(あれはあれで、なかの板がグラグラしてちょっとスリリングだった)

でも、桶風呂は中に非常ベルが欲しいような。
倒れたら誰かに引っ張り出してもらわんと。


元お風呂屋さん 男 (07年10月24日掲載)

「桶風呂」を見ていて、昔の人はここまで苦労してでも
風呂に入りたかったのか・・・と、考えてしまいました。
画像を見ていると、殆ど罪人への拷問のように思えるのですが(苦笑)。

普通に、タライで行水の方が余程気持ち良いのではないかと
不思議な感じです。 
まあ、確かに節約する方法といえばそうかも知れませんが・・・(汗)。


紀子さん 女 (2013年12月7日掲載)

昔々というほどではないけど、今からちょうど45年ほど前になるかな。
私がまだ子供のころ、滋賀の母方の実家では、樽風呂でした。

今では想像のつかないでしょう。
台所は土間になっていて、かまどにまきをくべて煮炊きをしていたんです。
その頃、地続きでお風呂もまきで炊き上げていました。
竹の筒を使い息を吹き込んで、火のくべながらお湯の温度調節をしていました。

まるで、「おしん 」のワンシーンを見ているかのようですよね(笑)
子供のころから好奇心旺盛な私は、おばあちゃんのまねをして
やってみたけど咳込んでしまって、煙で涙が出るやら、
鼻水が出るやらで大騒ぎしたのを覚えています。

いざ、お風呂と言っても、樽に一杯のお湯。
その中に浮かんだまあるい板??
その板を鎮めてお湯につかることができるんだけど、
子供の体重ではその板を沈めることが何とむつかしい!
くるっと板だけがひっくり返ってしまって、、、、
入れずに何度も母親を呼んだことか。
今から思えば懐かしい思い出ですよね。




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