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バスオール 博物館へ行く|1

1963年(昭和38年)発売 バスオール第1号

こんにちは!お風呂アドバイザーおかきた'まり です。

2006年春:大阪府吹田市立博物館で開催される
「千里ニュータウン展」に バスオール の展示がしたい・・・
そんな投稿から始まった、ボランティア初体験。

活動仲間と運営したブログへの投稿を、そのまま紹介します!

懐かしい夢ある時代 2006年2月24日

今回の展示では、お風呂グッズや銭湯のれん、交通展示のために駅の自動改札機などを探すためにメーカーさんに問合せをしている。けれど、ビジネス上の約束で保管できない場合も含めて、かつてのヒット商品を保管しているメーカーは珍しい。「当時はこれほど話題になるとは予想もできず...」と答えてくださった方もいた。一個づつしか保管していないので、自社展示室の訪問者のために、貸し出しはお断りしているというお返事もある。

運営する【洗いの殿堂】の『バスオール』記事は、読者閲覧率が高い人気ページ。あるとき、エア・ウォーター・エモト社員さんの読者に、『バスオール』で広報されたらと話したことがある。『バスオール』はヒット商品ではあったけれど、過去の商品なので社内的には微妙な位置づけとのお答えが返ってきた。開発当初を知る人には良いのだけれど、知らない人には「なにそれ?」で終わる商品なので、全社的な広報の対象としては扱えないだろうとのこと。

普通の仕事の流れでいくと、そうだよなあと思う。だけど『バスオール』には、何かチャンスがないだろか...ずっとそう思っていた。千里ニュータウンに住む過去のユーザーが覚えていて声が集まり、博物館に来ることになった『バスオール』。今度は、メーカーがつくった商品機能ではなく、ユーザーがつくる「懐かしい夢ある時代」の代表として帰ってくる。

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家具っていうかんじやったわ。 2006年2月23日

バスオール

「あんた、使うとった人の話しが聞きたいやろ。最初に千里ニュータウンに来た人らで『バスオール』を使うとった人に集まってもろたるさかいな。そらオモロイ話が山ほどあるで~。覗きにおうたとか。一期で入ってる女の人は、もうええ年やけどキレイやで、みんな。」

市民委員会を束ねる会長が、『バスオール』だけの縁でやってきて、千里ニュータウンを知らないわたしに、助け舟を出してくれた。会長は優しくて恰幅のいい堂々とした男性。「ほな兄さん、指一本つめてもらいまひょか。」と包丁を渡しても似合いそうな迫力の持ち主で、委員会のあーだ、こーだをしっかり仕切る。

吹田市立博物館:会議室に集まってくださったのは、会長の言葉どおりキレイに年を重ねた三人の女性。1962年9月15日に第一号として入居したと覚えてい て、入居知らせの古いハガキまで持参してくださった。20代で子どもはまだ1歳だったとのことだから、60歳代後半のはずだけど、三人が並ぶと会議室がパッと華やかになった。話しにメリハリがあり目が生き生き、とにかく若々しくて華やか。同世代の男性は負けてるよな...【^^;】

大阪市近辺の町から、10年後には夢の街になるという千里ニュータウンに憧れて、高い抽選倍率にめげずに応募してやってきた。まだ電車も道路もなく、ぬかるみだらけの道は長靴をはいて遠くの駅まで歩き、駅で革靴に履き替えた。街の開発が進行するなかで聞いた、近くの山を崩すハッパの轟音を今も覚えているとか。

どこの家でも、夫は夜11時をすぎないと帰宅しない。その時間だと銭湯が閉まっていた。一日働いて疲れて帰る夫、まずはお風呂に入ってもらいたい。そして、乳飲み子や歩き始めたばかりの子どもを抱えた若い妻は、銭湯でベビーベッドの空きを見つけるのが大変だった。「みんな同じ年ぐらいの子どもがいるでしょ。3時になったら早く銭湯に行かんと、もうベッドがないんよ。いま振返ったら、若かったからできたんやね~。」

夫には相談せずに、さっさと『バスオール』を買った。「高かったけど欲しかった。あれはよう出来てましたわ。パアーと水をかけたら汚れがとれて、カビないんよ。家具っていうかんじやったわ。」便利だったと口を揃える証のように、改良型が出ると買い換えて使い続けた人が多かったそう。

ト イレットペーパー騒動の話を聞くと、「とにかく配水管を詰まらせたら、皆に迷惑かけると思うて。」という答え。今も住んでいるという団地は、なんと40年配管の詰まりを起こしたことがないそう。話の端々に忘れられた日本の女性の香りがした。他人に迷惑をかけずに自立した暮らしを営む。ご主人を立てつつ、財布の紐を握って台所を預かり、しっかりと働いてもらう。そういえば、今年のNHK大河ドラマは『功名が辻』山之内一豊の妻、だったっけ・・・

団地イラスト

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カセットタイプのユニットバス 2006年2月23日

バスオール

最初の出会いは、2000年7月に【洗いの殿堂】をスタートした後、すぐにいただいた読者投稿。

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記憶に違いなければ、昭和35年頃に家庭の部屋の片隅に置けるようなカセットタイプのユニットバスを知っています。湯や水は外部からホースで引き込んでいました。<ほくさん>と言う会社が作ったものですが、現在のような洗い場のない浴槽だけの物でした。
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なんて珍しいお風呂だろうとすぐにリターンすると、もっと詳しいお話をいただいた。

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昭和35年頃と言いましたが、気になりましたので調べましたところ、1963年(昭和38年)9月発売。簡易設置型浴室ユニット『バスオール』として発売との事です。申し訳ありませんでした。改めて訂正致します。<ほくさん>は、合併を繰り返し現在は<エア・ウオーター>という会社になっています。
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1930年代生まれの男性で北海道在住、今はリタイアしているけれど、在職中はエンジニア関連の仕事で<ほくさん>と関わりがあり知っていたとのこと。始めたばかりのホームページに、遠い町に住む見ず知らずの先輩男性から届いた言葉に、インターネットの不思議な温かさを感じた。

同じ時期に投稿をくださった人が、当時のほくさんで『バスオール』の最後の機種を開発担当していたとのことで、昔の写真を送ってくださる。聞き書きと写真をもとに【洗いの殿堂】に記事を掲載した。

その後また、TVビフォーアフターを見て『バスオール』を探して【洗いの殿堂】にたどり着いたという読者から「流したお湯はどこへ流れたのか」と質問投稿をいただく。今度は、エア・ウォーター・エモト社員さんという読者からお話と資料をいただき記事を掲載した。

じつは、この人が『バスオール』メーカーの社員さんだとは、長く知らなかった。インターネットは匿名・匿顔の世界、違う見方をすればどんな人も等しくフラットな世界。なので企業の垣根を越えて、一人の生活者として対話ができる面白さがある。そしてこの人が、エア・ウォーターの元副社長さんの指示で、散逸した『バスオール』の資料を集めている人だった。

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ホクサンバスオールはどこかにありませんか? 2006年2月19日

バスオール

わたしが、これまでご縁のなかった吹田市立博物館の「千里ニュータウン展」市民委員会に参加するきっかけは、運営するサイト【洗いの殿堂】にきた1通の読者投稿メールだった。↓
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こんにちわ。ホクサンバスオールは現在どこかにありませんか?実は来春、吹田市博物館で千里ニュータウン展を市民企画でやります。昔、テラスでお風呂に入っていた話が出て展示できないかと探しています。
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エエッ、びっくりオドロキ!きっと検索で探したバスオールの取材ページを見て投稿してくれたんだろな。大阪近辺で近いし詳しいお話を伺えますかと、リターンメールした。

すぐに飛んできた市民委員会のスタッフと名乗る人は、これまでに出会ったことのないタイプの女性。「わたしは、ずっと仕事をしたことがないんですよ。もうボランティア一筋です~。」とにこやかに話す、柔らかな言葉の裏に行動力と芯の強さを感じた。聞き上手で話しも上手、対話ができるこの女性は、企業で働いても貴重な存在になる人だろなあ...

大阪府の千里ニュータウンは、日本初のニュータウンとして開発され、誕生40年を迎えた町。その「千里ニュータウン」の街・人・暮らしをテーマに吹田市立博物館の企画展として市民参加スタイルで開催される展覧会。市民スタッフの女性たちから、その頃に激変した水回りの展示をしたい。そこで『バスオール』をと声があがったそう。しかも吹田市立博物館長は、国立民族学博物館:名誉名物教授の小山修三氏とか!

【洗いの殿堂】のリンクをたどり、企業に問合せしたけれど返事がないので...ということだった。いつもの仕事ベースではない市民団体からの問合せに、どのように返事をすれば良いのか企業も戸惑っているのではと思った。少しでも手伝えればと企業との仲介をする約束をし、どこが運営母体なのか、資金はどこから出るのか、借賃と費用の予算はいくらか、を聞いた。

この仲介がもとで、こんなオモシロクルシイ市民活動体験が始まるなんて、そして、元気で前向きな人たちとてんこ盛りに出会うなんて、そのときは予想もつかなかった。世の中は、こんなところで大変化している!カンチョーを筆頭にユニークなシニア軍団を前にして、ビジネス書やマーケティングレポートには書かれていない「地響き」を感じることになる。・・・【^^;】

1970年大阪万博の頃

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展示は演出だぁーーー! 2006年2月19日

市民委員会ではサテライトと呼ばれている、博物館を離れ千里ニュータウンの団地の一室を丸ごと展示に使うという、大胆な試み。このサテライト展示のために、本格的な物探しが始まった。1960年代グッズを集めた懐かしい「あの日」に帰る部屋になるみたい。【^^】

バスオールの最初の展示アイデアは、サテライト展示のように、1960年代半ばのとある一家を設定してみた。↓
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1960年代半ばのある日曜日の夕方、千里ニュータウン団地のとある部屋。夫婦と小学校入学前の子どもがいる一家。お父さんの日曜の楽しみは、子どもと一緒に入るバスオール。TV『てなもんや三度笠』を見終わって、さあ入ろうと、二人共に着ていた服を脱ぎ捨て裸でベランダへ。「早く入らないと、カレーが煮つまるわよ。」と台所で夕食の仕度をするお母さんから声がかかる。
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展示イラスト

でも、バスオールの博物館展示室での展示が決まり、サテライトと同じではダメだろうと思った。それに市民委員会に参加して知ったことなんだけど、予算があまりに少ない(強調)。それで、1960年代に登場してきた住宅設備品だけを抜き取るコンパクトな展示を描いた。キッチン台と瞬間湯沸かし器、コンロを入れて4点。バスオールメーカーのエア・ウォーター・エモトさんから届いた昔のチラシや新聞記事も展示する。

展示イラスト2

しかし、この案はカンチョー蛙の一声(鶴ではない)で却下!
「これやったらどっかの住宅設備のショールームでっせ。誰も見まへんで、そんなもん。展示はモノで見せなあかん。情報は最終はモノに落とさなあきません。ようけ置いたらええんとも違います。大胆な省略がいる。掴みが大事です。」

そうか・・・芸術は爆発だ! けど 展示は演出だ!

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バスオールの声を募集する 2006年2月18日

バスオール

バスオールは、どんな住宅で使われていたんだろ? 団地に住んだことがなく、バスオールも使ったことがない。 取材や投稿での情報では、展示するとなると分からないことがわんさか...
体験入浴をしたいけれど、メーカーのエア・ウォーター・エモトさんにもバスオール体験場はないとのこと。 1960年代生まれのお風呂だもん、そりゃそうだよね~。

とにかく、どんなお風呂グッズを使って入浴していたのかを知りたい。そんな想いに、またもや市民委員会からお助けウーマンが登場!古くからの千里ニュータウン住民で、コミュニティスペースを運営する、チャーミング&肝っ玉母さんみたいな女性。 市民活動に参加する女性は、アクティブで魅力的なのにビックリする。

「うちにはいっぱい人が集まるから、声を聞いたげるわ。」やったー、アンケート票をつくろう!
バスオールを使っていた当時のことを質問して声を集めてもらおう。 古くからの住民の市民委員会長も催事部長も、アンケート配布と回収に協力してくれることになって、ウレシイです!

アンケート票は、文字が小さくて読めない人が多いと指摘があり。 そうかあ、1960年代にバスオールを使った人は、もう子ども達が独立して、おじいちゃんやおばあちゃんと呼ばれる人も多いのだった・・・。 すぐにフォントを大きくしたアンケート票も用意する。

市民委員の間では、バスオール=年配の人の思い出、というイメージがある。 わたしの運営する【洗いの殿堂】では、小さいころ家族と入った思い出のお風呂として登場し、30代の人からの声が多いので、それはとても意外だった。

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千里ニュータウン初訪問 2006年2月18日

千里ニュータウンって、どんな街なんだろ? 大阪市内ミナミのど真ん中で生まれて、ずっと市内で育ったわたしは、郊外都市の吹田市とまったく縁がなくて、戸惑うことがいっぱいある。

困っていたわたしの前に市民委員会からお助けマンが登場! 彼は、開発間まもない千里ニュータウンにごく小さい頃に引越してきたニュータウン二世と呼ばれる世代。 わが街への愛着を持ちながら、冷静な視点で千里ニュータウンを案内してくれた。

始めてちゃんと見る千里ニュータウンは、街路樹が繁り、広い道幅にゆっくりと自動車が走る。集合住宅がほとんどなのに、5階建てに押さえられた建物は、威圧感がなく空が広がる。 中庭を囲い込むように配置された建物は、団地の単調さがなく人が暮らす声が聞こえてきそうに温かさがある。 なんて美しい街なんだろう。 住民の定住率が高いことも、市民委員さん達の街への思い入れの強さにも少しわかった気がした。

  • 千里ニュータウン1
  • 千里ニュータウン2
  • 千里ニュータウン3
  • 千里ニュータウン4

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バスオールの新聞記事から 続き 2006年2月11日

バスオール

1月30日朝日新聞朝刊:大阪市内版に掲載された「バスオール」記事は、企業の方向から見ると、まったく違う景色に見えてくる。「この企業さんは、えらい広告効果やねえ。100万とか200万の広告料ではすまへんやろな~。」と何人もの方から聞いた。

いま、新聞やテレビで流す広告は、注意をひいてもらえず信用されなくなっている。わたしもテレビコマーシャルが嫌になったり、郵便ポストに毎日どさっと入る広告チラシにうんざりしている。そんな流れにそい、企業は広告から広報へ力を入れ始めたと聞く。一方的に叫ぶ広告から、対話しませんかと誘う広報へ。

バスオール探しの市民活動記事は、企業の過去の商品や活動が、企業のブランドイメージを上げる広報例をつくったと思う。こんな状況は、これまで少なかっただろう。「いやあ、昔の商品を置いとくなんてこと、まったく考えもしませんでしたから。」と、バスオールのメーカー:エア・ウォーター・エモト社の担当の方も頭をかきかき苦笑いをされていたっけ。

市民委員会に参加して、博物館はビジネスの匂いがしない、またそれを嫌う場所だなと感じる。けれど、生活道具に関わる展示は、商品を作ってきた企業抜きではできないと思う。視点を変えて、生活展示を消費者(市民)からの企業広報として見ると、企業協賛へのアプローチ法を広げてゆけると思う。

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バスオールの新聞記事から 2006年2月10日

バスオールの新聞記事
バスオールの新聞記事

1月30日朝日新聞朝刊:大阪市内版に掲載された「バスオール」記事には、いろんな方から言葉をかけてもらった。最初にバスオールのことで訪ねてきてくれたチョウさんや、他の市民委員会の人たちに喜んでもらえたし、友だちからも電話をもらった。

運営する【洗いの殿堂】への読者投稿もいろいろあり「バスオールメーカーの者です。会社に回覧が回ってきて見ました。嬉しかったです。」というのや、家電製品企業の開発の方から「あの記事は、あなただったのですね。バスオール懐かしいなと思って読みました。」携帯メールで「博物館に行きたいです。市民委員会にも興味あります。」というのまで。

バスオールは、映画「三丁目の夕日」のヒットで話題の1960年代の商品であること。市民にが探し出したという消費者発信であること、市民企画運営の試みをする博物館への展示という地域発信であること。そこに、メーカーに開発一号機が残っていて、協力を惜しまなかったことが加わりニュース性が出た。新聞として共感をえられる要素をもっていたと思う。

高齢化で記憶の総量が増える...TVで聞いて気になった言葉だけれど、【洗いの殿堂】読者投稿でもそれを実感する。高齢という世代には関係がなく、もっと大きなうねりを感じる。お風呂の思い出投稿をいただくと、書き手が興奮しつつ癒されているのが伝わってくる。そして、読み手のわたしも時間旅行のお供をしながら、癒されている。思い出の中には癒しが隠れている。

思い出は、何かを見た時に一瞬のうちに蘇る。バスオールは、特長がハッキリした商品ゆえに、その何かにあてはまるモノだと思う。

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「椎名誠氏」の利用方法 2006年2月8日

1960年代のバスオールの広告
椎名誠氏トークショーは5月13日(土)
くわしくはブログへ

市民委員会には有名人脈をもつ人がいた。なんと、あの全国区有名人@椎名誠氏が5月13日(土)千里ニュータウン展トークショーに来る! 呼べればという話が持ちあがった席で、館長いわく「椎名誠氏は、ギャランティー100万クラスの人。そういう人を呼ぶには2つしか方法がおません。きっちり100万出すか、タダで来てとお願いするか。他はないです。」で、椎名氏は後者で来ることに...。ウソみたい。

椎名氏は、インテリイメージと大衆性、そのギリギリのエッジみたいなところに立っている。作家で冒険家で映画作家でとにかくクリエーティブ。有名だけどキンキラしてなくてスローライフの匂いがする。地方都市だけど、日本初のニュータウン構想で作られた街を、小さな博物館で展示するにはピッタリの人じゃないかしらん。

椎名氏が来ることで展示会はどう変わるんだろ? 辛口の友だちに一言話して反応を見る。一瞬目が点になる、すぐにキラキラッと輝いて「わ~行きたい!、おもしろいコトやってるねんね~ええな(いいな)」とにかく誘導の素になると実感。

このチャンスを使わない手はない。これをどう自分の側に引き寄せて、行って良かったといってもらえる展示会にするか。有名人を呼べるのならそのパワーを利用しないと、有名人を呼んだだけになっちゃう。リスクは呼ぶ側にあるんじゃないだろか。

「その人」を通して多くの人に自分たちのメッセージを伝えるチャンスを、意識する。千里や吹田への関わりよりも「その人」が持つイメージは、自分たちの発信したいメッセージのどこと接点があるのか、そんな視点で見たい。なぜ「その人」を呼ぶ必要があるのか? 何を伝えたくて「その人」を呼ぶのか? ここを明快 にできれば、展示も催事も広報もピリッと立ってくるはず。 お風呂番としてどうする?・・・【^^;】

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「市報すいた」への原稿を書く 2006年2月6日

1960年代のバスオールの広告
1960年代のバスオールの広告

吹田市の市報に原稿を書けることになった。なんと自治会を通して、150,000世帯へ完全配布とのこと!こんなことって、ビジネスベースではできない。お風呂コンテンツを執筆させていただいているお客様の情報誌などは、制作は問題なくても配布に悩むのが常だから。

商品は作る人と使う人の情報の塊のはず。なのに、ビジネスが邪魔をしてそこに流れる人の想いは伝わらない。まして、市報に商品名や企業名を掲載できるなんてめったにない。

バスオール! なんてきみはラッキー!!

1960年代 思い出のお風呂

バスオールがやってくる!

懐かしいバスオールを探しだしました。メーカーのエア・ウォーター・エモト社の協力により、工場に残されていたバスオール第一号がやってきます。展示のほかに市民劇団の演劇「バスオールがきた日」バスオールの体験市民と開発者を招いて館長が民族学的につっこむ「おしゃべりトークショー」聞いてびっくり日本式お風呂の入り方「足湯お風呂ゼミ」など。思い出のお風呂を、まるごとお届けします。

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●バスオール

1963年、当時の北海酸素(現在:エア・ウォーター・エモト社)から発売された簡易型ユニットバス。繊維強化プラスティック製でたたみ半畳のスペースで置ける。ガス湯沸し器、排水ホース、シャワー、浴槽、ふた兼用の洗い台に、タオルハンガー、石鹸置き、鏡を備え63000円。千里ニュータウンで大ブレイクし、大都市中心にヒットし約35万台を売る。

●思い出のお風呂

なんといってもホクサンバスオール。狭い?我家にありました。銭湯はあるものの、家から遠くて、行って帰ってくると冷えてしまうのです。がんばってバスオールを導入してくれた両親に感謝でした。おとうちゃんが太っていたので、二人でぎゅうづめで入ったのも、今はいい思い出です。

●コメント募集中!

あなたのコメントを募集中。1960年代のタオルや湯桶などのお風呂グッズも探しています。ぜひ、あなたのお宝やコメントで、千里ニュータウン展示にご参加ください!



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記憶博物館

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