


こんにちは! 【洗いの殿堂】おかきた’まり です。
あなたは、大東亜戦争ってコトバを知っていますか?
第二次世界大戦のこと。
12時キッカリに、サイレンが鳴り響き、
汗だくの選手たちが、 キャップをぬいで、
真っクロなボウズ頭を神妙にたれて黙祷する。
高校野球と終戦記念日、今もつづく夏の1シーンですね。
ということで、戦争時代のお風呂の思い出を、ご紹介!
昔、洗い桶を持って、家族みんなで銭湯へ。風呂が嫌いで逃げ廻ったものです。
壁の絵が富士山だったか、三保の松原だったか定かではない。熱い風呂が厭で、水をじゃんじゃん埋め、長老に良く睨まれたものです。
湯上りの牛乳一本が楽しみだった。菖蒲湯が嬉しかった。冬の夜には、凍った手ぬぐい立てながら。
大東亜戦争の開戦を聞いたのが、風呂屋の番台のラジオでした。国民学校の一年生でしたが。何故か鮮明に覚えています。
堺で生れ育ち、娘時代を東京で暮しました。ずっと銭湯。終戦前の昭和19年ころは、お湯わかす燃料がないから、銭湯も、なかなか、やってないの…。何日も入りませんでしたよ。
川の土手にでて、煙突から煙が出てるとこを探してね。その煙突めがけて、いくんですよ。宮様のお家の前をとおって(笑)きつねうどんが8銭くらい、銭湯は6銭だったかなあ。すごく並んでて、順番に入るんですよ。
銭湯のオジサンの命令で、みんな、いっせいにつかったり、洗ったり(笑)
・・・列車旅行で、隣りあわせたおばあちゃまからの聞書きです
・・・ ・・・あなたのまわりのお話、聞書き投稿いただけたら、ウレシイです!
わたしの二人のおじさんのお話、聴いてくださいね。
●四国のおじさん●
陸軍のぺーぺー兵隊として、南方の島へ。奇跡的に生きのびた彼は、水筒一つを持って帰還。
そして、定年まで勤めた町役場の町史をつくる手伝いをして、同じ町から出征した人たちの行方をたずねて記録しました。
ボコボコで、にぶい金色した水筒は、夏休みの田舎の思い出です。
●九州のおじさん●
海軍兵学校の先生で、教え子がのった人間魚雷艇をつんで、潜水艦で出撃、爆撃にあって、コッパミジン!気がついたら、艦長だった自分だけが、漁師に助けられていた…
仕事を成功させたあと、教え子たちのコトバを編集し自費出版。「こんな時代があったんだと、知ってくれたら。」と、一冊をわたしに。
ライフスタイルも考えも、いろいろあったよ!と、ひとり一人の記録から、戦争のクダラナサを伝えたかった…
だって、いろんな人や民族が、同じ時を共有してる、と認めあえたら、話し合えて、戦争にならないよね。
大人になった今、二人のおじさんのこと、昔よりずっと好きです。
◇『大戦直後の愛媛の写真館』愛媛新聞社
取材にご協力頂きありがとうございました。
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