こんにちは!お風呂アドバイザーおかきた'まりです。
東北地方から木の風呂の思い出コメントが・・・
コメントにそそられて、「鉄砲風呂」をリポートします!
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「てっぽう風呂」と言ってました。木のおけに、まきをくべる釜が付いた風呂。
ついこのあいだまで、この風呂に入っていたかと思っていましたが、
いつの間にか、見かけることが無くなってしまいました。
てっぽうは、風呂の中に鉄製の、うにょうにょとカーブした
煙突ぐらいの太さの筒状のもののことを言っていたと思います。
てっぽう風呂は、私の住んでいる地方の特有の言い方なのかもしれません。
ほかの地方にもきっとこの風呂はあったと思うので、
言い方が違うだけのことと思います。
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祖父は造り酒屋の番頭でした。 実家は、山形県米沢市の隣町、川西町にあります。 ちなみに実家の近くの山では、米沢牛が放牧されています。 実家は昔、米麹取り扱いの鑑札ももっている店だったのですが、つぶれてしまい、祖父は酒米・麹の関係で町内の蔵本「やまだい」に丁稚奉公に出され、後に番頭をやっていました。 会社になり「樽平酒造」に社名が変わってからは、支配人みたいなことになりました。 「樽平」「住吉」といった酒を造っており、銀座、新宿、神田などに蔵本直営の居酒屋を開いている造り酒屋です。 祖父は、今で言う仕事人間で、退職するまではあまり家にいない人だったらしいですが、何でも自分で作る器用な人だったそうです。 酒の仕込み用の樽を譲り受けて改造し、薪用の焚き口をつけた風呂桶は、高さが1m20ぐらい、直径1m50ぐらいだったと思います。染みこんだ、モロミのせいか、やたら温まりました。 子供の時の記憶なので、実際より大きく感じていたかもしれません。ただどうしても、木が傷んでくるのと、水がむやみに必要なので、何度か新しい樽で(と言っても中古ですが)作り直していたのをやめて、70年代に灯油でわかす、ステンレスの浴槽に変えました。 確かにきれいなのですが、今私が使っているユニットバスよりは大きいものの、当時はやたら小さく感じ、踏み台代わりの木のいすを使わなくても、またげるようになりました。 |
こんなお風呂かな? |
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日本人が、木のおけを一人用のお風呂に使ったのは、戦国時代、秀吉の朝鮮出兵のころ。 木のおけに熱湯を少し入れて、蒸気で汗をだすお風呂は、各地方に記録があります。佐渡の「おろげ」、三重の「ふごふご」滋賀の「むぎぶろ」など、おもしろい名前で呼ばれていました。 時代が下がるにつれて、だんだんとお湯の量が増えていき、ついに、水を入れて沸かすお風呂が生まれてきます。 おけの下に、大きい平鍋をおいて、しっくいで固めて防水した、関西地方で「すい風呂」とよばれた、ごぞんじ「五右衛門風呂」の誕生です。 ここで、蒸気風呂から熱湯風呂へと、一人用の入浴スタイルがチェンジ!「五右衛門風呂」は、そのパンパカパ~ンのシンボルだったのです。 数さんの「鉄砲風呂」は、風呂おけの中に、銅製の筒をたてに通して、中に炭を入れて温めるお風呂で、江戸ですごく流行ったそうです。 木のおけを使ったお風呂をみてくると、猿山さんちのおじいさんが、酒仕込みの樽を改造したのは、とても自然なことだったと納得しました。 でも、モロミがしみこんだ温かさって、どんなのかな~?いい香もするのかな・・・ |
おかきたまりも入ってみました
すい風呂 |
・猿山有希樹さん「何をみようか」
・千葉県立房総のむらホームページ
取材にご協力頂きありがとうございました。
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