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伊吹山の麓へ

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こんにちは!【洗いの殿堂】おかきた'まり です。

ぬけるような青空のもと、
イブキアザミの素朴なピンクが、
目にとまりました。
初夏の 伊吹山からの贈り物...

昔の桶風呂には入れるよ

エッ~、絶対、体験したい!と、行って地元の人とお話ししてきました 滋賀県坂田郡伊吹町上板並「ふれあいの里」
[住所]
 滋賀県坂田郡伊吹町上板並1649
[TEL] 0749-58-2068・0749-58-0616(草野)
[車でのアクセス]
名神高速道路米原ICから約25分
[電車でのアクセス]
JR東海道本線「近江長岡駅」下車
近江バス「登山口」乗り換え、タウンバス「上板並」下車すぐ
  ※バスは1時間に1本程度しかありません。

 


  ふれあいの里

 

 

え、洗う?そんなのは関係ない!

[かまど]に[おひつ]が、乗ってるような形。 洗い場がない、浸かるだけらしい。 そ~っと底に浮いてる板を沈めて、ソロリと入る、 せまい、小さい、足を折ってやっと座れる、 かがんで胸がかくれる、少しのお湯で入る。 [おひつ]の蓋みたいな木の蓋をすると、蒸気がこもって、熱くなり、サウナのようだ。

この桶風呂は、伊吹町の最後の桶作り職人、 長谷周三さん(80才代)の遺作だそうです。 昔使われていたのは、もっと背丈があって、蓋がしっかりできる形だったとか...

「ふれあいの里」でご一家でバーベキューを楽しんでおられた室谷きくえさんのお話し
1920年代 滋賀県伊吹町上板並
玄関脇に桶風呂があってな、『鉱泉』を入れたな。『薬草』は使わなんだ。 家族6人も8人もが入るんで、そりゃ汚~いもんや。 ふる布をつないで、使うた。え、洗う? そんなんは関係ない、ザブンと浸かったら終わり! 洗い方なんか、みようみ真似。 赤ちゃんはな、抱いて一緒に入った。 髪は別にな、米をついたヌカで洗うてた。

「ふれあいの里」スタッフ、伊賀並みすのさんのお話し
1930年代 滋賀県伊吹町下板並
玄関入ったら、すぐ横ちょに『桶風呂』があった。 ごめんくださいと来たら、困ったもんだ。 真~暗で、風呂の縁にロ-ソク1本つけて、その灯で入った。洗い場はのうて、池からバケツに6杯汲んだだけの湯でな、 すわって、や~っとオヘソが隠れるくらい。 水汲みがえらいんで、ごまかすと、「こりゃ、6杯汲んどらん!」と、よう父に叱られた。 古うなった浴衣の袖を切って、手拭がわりに使ってな、 父が炭焼きの帰りに山で採ってきた『わたふじ』を入れるとな、い~い匂いがしてな、温まったもんだ。 小学校の6年くらいのときにな、 ハゲノシリ山(伊吹山系の山)から湧きでる『鉱泉』を汲んでな、もっていくと、小遣いをくれるんや。 大阪の方で、瓶に詰めて、売っとったらしい。 髪はな、川で洗った。『セッケン玉』て呼んどった実を使うて。木の実をつぶして、泡を出すんや。

 

 


  これぞ 桶風呂!

 

 

 

 
  伊吹山を眺めながら
  桶風呂に入る!

 

 

年寄りの人は知ってて、ここへ汲みにくるよ。

温泉の指定を受けたという、すぐ裏手のハゲノシリ山から湧き出る鉱泉水は、伊吹地方に伝わる昔話にも登場します。 昭和18年(1942年)ごろまで、大阪方面 に出荷されていたとか。 お話を聴いた誰もが、あせもや吹き出物がでると、鉱泉水で身体を拭いたもの、と昔の記憶を語ってくれました。

「ふれあいの里」管理人の池田廣美さんのお話し
1950年代 滋賀県伊吹町上板並
私らが子供の頃は、まだ桶風呂でしたよ、ローソクつけてね。洗い場もないし。 『鉱泉水』で身体拭いたりもしたよ。オムツかぶれに効くってね。 昔は、大阪の方で、売り出しとったらしい。 あせもやアトピーにも効くよ。ま、今の若い人はやらんけど。 年寄りの人は知ってて、ここへ汲みにくるよ。 『鉱泉水』なめてみて、渋いでしょ?昔はもっと渋かった気がするんやが...

 

 


  ハゲノシリ山


  現在はこのタンクに
  鉱泉水を貯めています

 

「薬草風呂」は、い~い香りがして朝まで残った。

伊吹町役場が運営する「ジョイ伊吹」の薬草風呂も体験しました。 桶風呂のあとでは、シャワ-設備のもと、 体洗いに精だす人が、奇妙に写 ります。
コスメリットさんの「伊吹薬泉物語り」と同じ香りで、 独特でクセのある匂い、なぜか、懐かしい気分になりました。

伊吹町にお住まいの宮島保男さんのお話し
1930年代 滋賀県伊吹町伊吹
蒸し風呂、いわゆる五衛門風呂ですわな、 上から蓋をして、腰までの湯にさし湯をしながら入る。 まあ、昭和30年頃までは、農村では、一家6~8人、順番に入る、清潔ではなかったでしょうな。 燃料が大変だったんで、町の人は、銭湯に行った。 農家の人は、外出したら手ぶらでは帰ってこん、木片を拾いながら帰ってきた。『薬草風呂』は冬の寒い時に炊いた。『薬草』は家族で摘みに行って、 陰干しして乾燥させて、細こうに刻んで、布袋に入れて使った。 い~い香がして、朝まで残った。手拭は2~3枚縫い合わせて、固うして、家族みんなで使った。 薬草入れると色が染まってすぐ汚のうなるんで、 薬草風呂用と普通 風呂用に分けていた。化粧セッケンは高級品で、身体を洗うにはセッケンは使わなかった。 頭を洗うのは、洗濯用の固形セッケンを使った。 私らの小さい頃は、子供のアトピーとかアレルギーはなかった。 不潔で鼻タレ小僧はいたが...。

伊吹町役場、広報課の石河輝男さんのお話し
1970年代 滋賀県伊吹町伊吹
ユニット風呂ですよ、水は山水を使ってましたね。 『薬草』を干してる家とか、まだありましたよ、覚えてますよ。 ほら、これ給食なんかにも出たんですよ。 今はもう食べんけどね。人口6千人しかいない町に、年間8万人も、ここの『薬草風呂』に来られるんです わ。 まあ、大変です...公務員の独り言とでもいいましょうか。

 

 

 

 

 

昔の薬草湯の元
昔の薬草の注文書

 

 

 


  キクラゲのような植物。
  かっては給食でこれが出たとか。

 

入浴剤ブームは、日本人のお風呂の流れか

2つのお風呂を体験して、昔の日本人は清潔のためではなく体を温め汗を出し、気持ちよくなるために風呂に入ったのでは、と実感しました。
今の入浴剤ブームは、この流れから自然に出てくるモノと思います。
日本人がもっている気持ちよくなるお風呂をいっしょに考えましょう!

spciallthanks!
コスメリット、鈴木さんの協力が、薬草へ、そして伊吹山へと誘い、 伊吹町役場への1本の電話が、人から人へ、たくさんの出会いをつくってくれました。ぶしつけな質問に笑顔で応えてくださった皆さまに、おしみない協力を頂いた藤原ファミリーに心からありがとう!

   
記憶博物館

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